吉野氏のノーベル賞受賞記念座談会 の記事から考える技術者育成

 

 
吉野氏のノーベル賞受賞記念座談会

 

リチウムイオン電池の基本構造を開発した吉野彰氏、2002年に質量分析技術確立でノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏、ジャーナリストの池上彰氏の3氏による「 吉野氏のノーベル賞受賞記念座談会 」という記事が日経新聞に掲載されていました。

 

 

ノーベル賞受賞者2名と、経験豊富なジャーナリストの対談記事ということもあって興味深く読ませていただきました。

 

 

今日のコラムではこの記事を踏まえ、企業における基礎研究と技術者育成ということについて考えてみたいと思います。

 

 

 

日本における研究開発費は企業が多く、博士は企業に少ない

日本における現状として述べられているのが、企業は研究開発費にそれなりの予算を計上しており、官民合わせた当該全予算の7割が企業によるものとのこと。

 

そしてその予算の多くは製造業の企業から計上されていると述べられています。

 

 

また企業内における博士の学位を有している企業内研究者(と記事の中で述べられています)は、4.4%と低い割合とのこと。全世界的にみて決して少ないわけではありませんが、先進国の中ではやや低めというデータが記載されています(多くの先進国は7~10%程度)。

 

 

 

自分の専門と異なることに取り組む

 

また、新たな発見として重要なのは自らの専門にとらわれないとのこと。

 

 

田中氏も吉野氏も大学までの専門と直接は関わらない部分で発見をしたと口をそろえて述べています。

 

先入観が無いからこそ、うまくいったというのが吉野氏と田中氏の考えのようです。

 

 

 

 

吉野氏、田中氏から研究者目指す若者へ

 

今の企業研究者、技術者に対する吉野氏、田中氏のメッセージとして、

 

 

「35歳まで力をためるため自己投資し、35歳になったら爆発させる」(吉野氏)

 

 

「自らの研究を理解してもらうため、コミュニケーションやプレゼン能力を高める」(田中氏)

 

 

ということが述べられていました。

 

 

 

 

やはりきちんとした成果を出されている方々なのでとても説得力のある文言だと思います。

 

 

今回のお話を踏まえ、企業における要素研究と技術者育成について考えてみたいと思います。

 

 

 

企業における要素研究

まず意識しなくてはいけないのが、上記の記事で吉野氏も田中氏も技術者ではなく「研究者」という単語で議論を進めているということです。

 

 

もしかするとマスメディアの考えによってそのように述べられたのかもしれませんが、恐らくお二人の意識もそこにあるのではないかと私も感じています。

 

 

 

技術者はいわゆるエンジニアリング、研究者はアカデミック(もしくは、サイエンス)を主なフィールドにしている、というのは感覚的に分けられているといえます。

 

 

この辺りについては、

 

 

・大学に産業界の要望を押し付けない

 

 

・大学も企業も文章作成力を基本とした論理的思考力を鍛える必要がある

 

 

・教える際は経験をわかりやすく事例として盛り込む

 

 

といったことを過去のコラムで述べたことがあります。

 

 

このあたりは、「大学教育と産業界の要望のコラムをご覧ください。

 

 

私個人的には企業が要素研究をやることは賛成です。しかし、要素研究をやるにあたり大切なことが主に2点あると考えています。

 

 

まずは、

 

 

経営陣が成果を急がず、時間とお金という自由度を安定的に与えること

 

 

です。やはり、成果主義という名のもと、結果を急ぎすぎる、選択と集中という文言で時間や予算が上下する、といった不安定な状態では要素研究に取り組む際のベースができません。

 

もちろんのんびりやっていてはいけません。しかし、会社としてやると決めたからには予算と時間を安定的に提供するという、経営側の覚悟が無いと要素研究という土壌は醸成されません。

 

 

そして同時に技術者(研究者)が企業に属する場合に求められるものがあります。

 

 

それは、

 

 

熱意と当事者意識

 

 

です。これは後述する技術者育成とも関係する部分がありますが、技術者の年齢が若いほど効率や生産性を求め、それ故、成果を焦り、自らの興味のある事、関係あること以外を排除する傾向にあります。

 

 

技術者の個性による程度の差はありますが、企業によらず、業界によらず概ね同じです。

 

 

これによって捻出されたマンパワーで何か一つの要素テーマに食らいつく、という話であれば理にかなっているのですが、どうしても効率や生産性という所に意識が向くため、技術者や研究者にとって大切な、

 

 

「原理原則を突き詰める」

 

 

ということまでやり切らないのです。当人(若手技術者)に言わせるとそのような時間は無い、ということのようです。

 

 

そして、そこを指摘すると出てくる言葉が、

 

 

「経営陣がそのようなことを許してくれない」

 

 

という論調です。つまり、環境のせいであって、自分のせいではないということのようです。

 

 

 

いいたいことはとてもわかりますが、

 

 

「仮に逆境があったとしても、何かできることは無いのか」

 

 

という

 

 

「柔軟性とバランス感覚」

 

 

が無いのです。そしてこのような力を発揮しない根本的な原因は、

 

 

「業務に対する熱意と当事者意識が低い」

 

 

ということが比較的多いのが実感です。

 

 

企業における要素研究が進まないということについて、経営側にも責任がある場合は当然あります。しかしながら、経営側は株式を公開していれば株主の意見も大きな要素としてのしかかるなど、従業員からは見えない要素もあることは、今の時代であれば若手技術者もある程度理解しなくてはいけないと考えます。

 

 

その一方で、そもそも従業員側である技術者に熱意と当事者意識を持たせるにはどうしたらいいのか、ということを考えるのが今回ご紹介した対談記事を通じ、技術者育成を見直すにおいて重要だと思います。

 

 

 

 

 

若手技術者に熱意と当事者意識を持たせるには

 

結論から先に言うと、

 

 

「人材の代謝を高める」

 

 

ということです。

 

 

 

つまり、世代交代を早めるのです。

 

 

 

日本という国は高齢化が急速に進み、どちらかというと定年延長を国が求めるなど、国の維持という観点でも様々な変曲点に差し掛かっています。

 

 

ここでいう代謝は従業員を削減するということを言っているのではありません。

 

 

どちらかというと、

 

 

「若手技術者にテーマを任せる」

 

 

ということです。そして、任せたマネジメント側の技術者は、一挙手一投足について細かい指示を出すのではなく、

 

 

「一歩引いて必要に応じたフォローをする」

 

 

ということが必要です。

 

 

つまり、何度もコラムで述べている、

 

 

「任せてフォローする」

 

 

ということが最重要のキーになるのです。

 

 

どのようなスキルを持っている技術者に任せるのかというのが最重要ですが、ここの判断について、技術者のベーススキルという観点では、

 

 

「文章作成力に裏付けられた論理的思考力」

 

 

が必要条件です(十分条件ではありません)。上記記事内の田中氏のコメントにもありますが、伝える力は必須。

 

 

そのなかでは、プレゼンなどより前に、まず文章をきちんと書けるようになることがやはり重要です。

 

 

市場の動向やニーズは何か、それを踏まえ自らが何を目指すのか。その目指すべきものに対してどのような道筋を描くのか。

 

 

このようなことを見失わない、そして伝えるという論理的思考力が無いと、任せても右往左往する可能性があります。

 

 

この辺りについては以下のコラムでも述べていますので、そちらも合わせてご覧ください。

 

※ 若手技術者に 当事者意識 を芽生えさせる特効薬

 

※ 生産性向上 に必要な技術者ベーススキルは何か

 

 

 

 

 

ノーベル賞受賞者の方々のお話は貴重だと思います。そしてそのような話を踏まえ、企業が生き残るためにどのような技術者育成に取り組んでいかなくてはいけないのかということを考えることが、今求められていると思います。

 

 

技術者人材育成についても抽象的な議論に終始せず、できる限りシンプルに考える。他国を追従するのではなく、自社の課題に目を向け、本質を突き詰める。

 

 

結局のところそのような考え方が不可欠ではないでしょうか。

 

 

 

ご参考になれば幸いです。

 

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