技術伝承を可能にする実験/試験動画の技術報告書への応用法
公開日: 2024年11月4日 | 最終更新日: 2024年11月1日
Tags: OJTの注意点, イノベーションと企画力, メールマガジンバックナンバー, 技術の伝承, 技術報告書, 技術者人材育成
技術伝承を可能にする実験/試験動画の技術報告書への応用法について考えます。
動画を技術業務で活用することは既に一般的になっている
デジタル技術の進化に伴い、動画を技術的な実験や試験など、
評価結果記録に活用することも一般的になりました。
特にデジタル活用に積極的な若手技術者では、
動画はごく当たり前に使用するものという認識があります。
また企業において技術評価結果の共有に活用するスライド資料では、
動画をそのまま用いることが容易で、
聴講者の理解を深める意味でも有効です。
一方でこのような動画を基本とした技術的な結果を、
技術伝承を念頭にした技術的な記録のとしてどう活用するか、
となると明確な方針を述べられない方も多いのではないでしょうか。
今回は技術的な結果を含む動画の技術の伝承への活用方法を考えます。
実験や試験の理解に動画は大変有効
人間の認識能力は、活字、画像、動画の順番で上がっていきます。
情報の時間当たりの密度の高さと比例していると考えて問題ありません。
化学合成や機械加工などの手順とその結果を、
例えば活字だけで示されるより、
動画で見せてもらった方がずっとわかりやすいと感じるはずです。
よって技術的な情報を動画として記録し、
それを共有することは技術業務を推進するにあたって有効といえるでしょう。
技術者育成の観点でいうと動画に頼った情報取得は危険
重要である故にあえて最初に述べたいのは、
”動画活用の副作用”
です。
動画は大変便利で前述の通り”その場の情報共有”では大変有効ですが、
技術者育成の観点で行くと、
「若手技術者の情報共有力の伸び悩みという副作用」
を生じさせます。
ここはひとつ例を示してみます。
樹脂を機械加工する場合
例えば、樹脂の機械加工の結果を動画で撮影したとします。
この時の結果を活字として残す場合、
以下のような記述方法になります。
なお、後述する通り技術の伝承は技術報告書が最重要媒体であるため、
技術報告書を意識した書き方としています。
実験項
マシニングセンタのテーブルに厚さ10 mmのポリスチレン樹脂の板をびびらないように治具で固定し、φ15mmの穴あけ加工を行った。
刃物は先端角度118°の超硬のドリルを用いた。
切削速度は38 m/minとなるよう回転数を800 rpmに設定の上で、
当該樹脂材料を貫通させた。
結果の項
加工初期は刃物を入れた表層側に微細粉体と思われるものが発生したが、
加工深さが2 mm程度に達したあたりから、
らせん状の加工くずが30 mm以上の長さで断続的に発生する状況を確認した。
このような文章が残っていれば、
機械加工を行ったときにどのようなことを行い、
どのような結果があったのかという”最低限”の情報は残るでしょう。
これが技術の伝承精度を高める技術報告書最大の形式です。
活字によって、行ったことと、そこから明らかになった事実に関し、
必要な情報を長い時間にわたって伝えることが狙いの基本にあります。
技術者の論理的思考力を用い、必要最低限の情報を抜粋する”要点抽出力”が求められる場面です。
もし動画に依存するとどうなるか
前述の例の動画が存在したとします。
動画を見れば、それを見た全員が何が起こっているのかをきちんと把握できるでしょう。
繰り返しですがこれはこれで重要であり、
スライドを用いたその場限りの情報共有としては大変有効です。
しかし技術伝承を想定した場合、
この動画を1年後、もしくはずっと後の10年後に活用されるかを考えなくてはいけません。
初期段階では粉状態、その後、らせん状の加工くずが出てきたという事実を、
じっくり動画で見る技術者が将来どれだけいるのでしょうか。
動画は情報が多い一方で、”まとまっていません”。
ある程度の長さのある動画の中から技術的ポイントを読み解くことを”観る人に強要する”ようでは、情報は活用されないでしょう。
よって、最も伝えたい情報を抜粋した技術文章のほうが、
技術伝承という意味では圧倒的に有効なのです。
技術報告書が技術伝承に最良である理由は、このようなところにあります。
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技術報告書では実験項と結果の項を必ず分ける
参考までにですが、前述の例では実験項と結果の項を分けています。
事例として出したのは技術報告書内の文章なので、
行ったこと(実験・試験)と結果を明確に分ける必要があります。
実験項と結果の項に分けることに対して違和感を覚えた、
または技術者の書いた技術文章において、
実験項の内容と結果の項が混在しているものを日常的に書いている場合、
それは自身の行った技術業務について頭が整理できていないことと同様であり、
技術文章作成力が不足していることとなります。
この状態では、精度よく技術的な情報を伝えることはできていないと考えます。
技術報告書に書きなれているか否かの判断基準の一つは、
このように実験項と結果の項を分けられるかにあります。
以上のことから、技術者の行った技術的な情報の含まれる動画の内容を、
どのように技術報告書に落とし込むかを考えることが、
リーダーや管理職には求められます。
特に技術者が若手技術者のうちから、上記のことを徹底的に理解させる必要があり、
またリーダーや管理職も若手技術者に腹落ちさせられるよう説明する意味で、
自身も鍛錬することが求められます。
動画の強みを残しながら技術報告書としての形式に合わせる考え方がポイント
技術の伝承を念頭に置いて、動画も含めて技術文章作成力を活かしながらすべてを活字にする。
これではせっかく動画で記録した良さまで消してしまうことになります。
重要なのは”動画の強み”を残し、
かつ”技術報告書としての形式に合わせる”という考え方です。
技術的に重要な動画の場面を静止画に変換する
重要な考え方の一つが、
「動画を静止画に変換する」
というものです。
前述の例でもご紹介した通り、動画を技術伝承にまで活用するには、
ポイントを抜粋して伝えることが重要です。
このポイントに該当する部分の動画を、
Print Screenキーなどを活用して静止画として抜き取るのです。
例えば前述の機械加工でいえば、
粉状の加工くずが出たのが分かる画像、
らせん状の加工くずが出た画像がそれらに該当します。
静止画であれば活字のみより情報量の多い媒体として、
技術報告書内に導入できます。
抜粋した静止画を一覧表とし、表中の隣接する列に技術的な条件と結果の概要を記載する
場面が抜粋出来たら、それを一覧表とします。
Wordでいえば一番左の列に画像を入れていくイメージです。
その上で各画像に該当する技術的な条件、結果の概要をそれぞれ右の列に記載します。
前述の例に基づけば、以下のような内容になります。
表 画像と関連情報の記述例
画像 | 技術的な条件 | 結果の概要 |
”粉状態の切りくずが出た画像” | 加工深さ2 mm未満 | 加工穴周辺に粉状態の加工くずが堆積した。 |
”らせん状態の切りくずが出た画像” | 加工深さ2 mm以上、貫通するまで | 最大長さ30 mm程度の加工くずが、らせん形状で発生し、刃物に巻き付く様子を確認した。 |
このようにすれば、動画中でのポイントが抜粋されたうえで、
どのような点を理解すべきかがきちんと読者に伝えられるでしょう。
技術的業務を経て得られた結果を俯瞰的に見るための風景を読者に準備する、
という言い方もできます。
技術的な内容が含まれる動画は、
このようにして技術報告書に活用できる情報として加工、整理することが必要です。
動画データは技術報告書にする観点を頭に置きながら撮影の企画立案をする
最終的に技術報告書に活用することが前提となると、
動画はやみくもに撮ればいいわけではないことに気が付くと思います。
技術報告書で見るべきポイントが説明しやすいよう、アングルや倍率を考えなくてはいけません。時刻や温湿度計が動画で確認できることが求められるかもしれません。
場合によっては一か所だけでなく、複数個所からの同時撮影が必要になる可能性もあります。
よって、技術的な情報を含む結果を動画で何となく撮影してしまうのではなく、
撮影する”前”の段階で動画撮影の企画を立案し、
最終的に必要な情報をイメージしながら準備を行ったうえで、
実際の撮影に移るといった準備が必要となります。
この企画立案には技術報告書の構成と情報の中身をイメージできることが不可欠であるため、技術文章作成力に加え、さらに高い視点から物事を見る論理的思考力が必要となります。
本コラムに関連する一般的な人材育成と技術者育成の違い
一般的な人材育成の一例として、動画を用いた情報発信を念頭においた研修があります。
情報発信向けの動画を記録するものとして、
例えば就職活動中の学生向けに社員の一日を紹介する、
自社製品やサービスを紹介するといったものがあります。
広報活動を想定したSNS研修はその一つともいえるかもしれせん。
技術者育成において最重要視するのは、
「技術業務を通じて得られた技術的な事実という結果を、
より正確に伝えるための媒体の一つとして動画を活用する」
ことです。外部への情報発信というよりも、技術の蓄積に焦点を当てます。
技術者にとって重要なのは技術的な事実を正確に社内に伝えて蓄積させ、
企業の技術力向上に貢献することです。
技術の伝承を実現するには技術報告書への情報実装は避けられず、
今回ご紹介したような動画から静止画への変更と、
技術情報の追加を行った一覧表作成という取り組みが不可欠です。
動画の活用について、多くの人に見てもらうことが重要な広報と異なり、
技術的な事実を正確に伝え、それを長期記録として残すという意味で、
技術者育成は一般的な人材育成とは異なるといえます。
本コラムに関連する具体的な技術者育成支援の例
当社の技術者育成コンサルティングでの対応となります。
各社が日常的に行う技術業務をヒアリング、
場合によっては見学をさせていただき、
どのような情報を動画化することが有効かの検討を行います。
後日、リーダーや管理職クラスの方々と、
動画にすべき業務の内容について議論を行い、
その議論を踏まえて動画化する業務を選定します。
選定した業務について、
動画の企画文書の書き方を指導の上でテンプレートを提案の上で導入いただき、
動画撮影の企画承認、撮影実行、技術報告書への落とし込みをOJTで指導します。
まとめ
動画を活用した技術データの蓄積はデジタル化の進んだ現代において、
技術者にとっても武器となります。しかし盲点なのは、
動画を動画でしか活用しないという固定概念です。
技術者が技術的事実を技術報告書という形に変換できなければ、
個々人はもちろん、企業組織の技術力向上に貢献できないのです。
この情報の最終形態を常に意識できることが、
技術者が動画を有効活用できるか否かの分かれ道になるといえます。
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