技術者に時間が無いと主張させる現状維持バイアスによるチャレンジ回避
公開日: 2022年8月1日 | 最終更新日: 2022年7月28日
Tags: チャレンジ, メールマガジンバックナンバー, 技術者の癖, 技術者の自主性と実行力を育むために, 技術者人材育成, 生産性向上
技術系企業の発展に不可欠なのは
「自社技術の発展や拡大」
です。
しかし、その取り組みが正しいということは大局的には理解されても、
実際にその方向に向かおうとすると様々な問題が生じます。
その代表的な問題が、
「時間的な余裕がない」
というものです。
今回はこの原因と対策について考えてみたいと思います。
技術者のチャレンジを妨げる時間的余裕の無さの意外な原因
先に課題の本質的な部分に触れると、
時間的な余裕がないという判断の背景には「思考の癖」が主因となっているケースも多いのが実情です。
先に本点について述べます。
変化や変更を嫌う現状維持バイアスという思考の癖
技術者が特に陥りやすい思考の癖として、
「現状維持バイアス」
というものがあります。
これは職種固有ではなく、人の心理として一般的なものです。
よく事例として述べられるのが、
「転職」
です。
自分に向いていると考えられる仕事に変えたいが、
転職したとして本当に自分のやりたい仕事ができるのか、
人間関係はうまくいくのか、給与はどうか、そもそも会社経営は安定しているのか。
上記のような
「現状を変更することによって生じるリスクや問題」
ばかりをクローズアップすることで、
「今のままでいい」
という判断を下すというのが現状維持バイアスの一例です。
技術者は現状維持バイアスが強い傾向があり、それが技術的発展や進化を阻害する
職種が技術職や技術者の場合、現状維持バイアスがより顕著に表れる傾向にあります。
その根底にあるのが、
「技術的な業務を的確に推進するには、技術的専門知識が不可欠である」
という”思い込み”です。様々なところで指摘している専門性至上主義による代表的な思考とも言えます。
専門性至上主義については、過去に何度か取り上げたことがあります。
・関連コラム/連載記事
若手技術者の専門性に関する 執着心 をモチベーションの原動力に
第2回 普遍的スキルの鍛錬を阻害する技術者の癖 日刊工業新聞「機械設計」連載
技術者が仮にチャレンジという名の新しい技術の世界に踏み出そうとする際、
「今まで経験してきた技術的専門性が役に立たず、ゼロからやり直さなくてはいけない」
という専門性至上主義によって強大化した恐怖心が技術者を襲うことになるのです。
新しい技術領域への取り組みを避けたい場合に使う”時間がない”という主張
若手技術者はもちろん、マネジメントを含む技術者の多くは専門性至上主義にとらわれている、
という客観的な自己分析はあまりされていないことが多いという印象です。
そのため、
「何となく、怖いが怖いということを認めるのはプライドが許さない。」
という心理になります。
その場合に良く行われる発言が、
「他の業務があって時間が無い」
というものです。
「業務に関する納期をかなり長めにとる」
というのも同じ心理です。
本当に時間が無いケースがあるためマネジメントとしては見極めが必要です。
しかし業務内容とそれに必要な業務時間を想定してバランスが取れていない場合、
専門性至上主義にとらわれている故の発言となっている可能性もあることを予め想定しておく必要があります。
以下は、時間が無いという発言が専門性至上主義によるもので、
業務時間の不足がその主因に無いという前提での取り組みについて述べていきます。
技術的発展の少ない定常業務を技術者間で交換させることで新しい業務への扉を開く
どのようにして若手技術者を中心とした技術者に新しいことを取り組ませると良いのでしょうか。
この際にターゲットとする仕事は、
「技術的定常業務」
です。
技術的業務でかつ、担当している技術者が定常業務と感じている業務が該当します。
「この定常業務を、技術者間で交換する」
というのが、技術者が新しいことに取り組むきっかけを与えることになります。
その理由を以下に述べます。
1. 身の回りで知っている技術者が経験者であるため、教えを請うことができる
2. 同じ社内の業務であるため、異なる業務である一方、そこまで遠い技術の仕事ではないため警戒感が和らぐ
それぞれについて考えてみます。
身近に経験者である技術者が存在する
技術者にとって安心するのは、
「ある程度の明確な回答を示せる技術者の存在」
です。
あっている、間違っているもそうですが何かしらの回答が示されるということが重要です。
仮に回答が間違っていても、
得られた回答をよりどころとした考察ができるからです。
いずれにしても答えが存在するというだけで技術者は安心し、
専門性至上主義によって生じた恐怖心を抑制することができます。
船頭が居るというのは、プライドは高い一方で自尊心が低くなりがちな技術者にとっては、
安心を得るために重要な観点なのです。
同じ社内であれば、そこまで無関係な仕事は少ない
今回、議論の前提にあるのは同じ社内において技術者間の仕事を交換するという話であるため、
複数の異なる事業を有する企業で事業間をまたぐということでなければ、
「全く関係のない技術の仕事」
というのはそれほど多くありません。
そのため、他の技術者の定常業務を受け取った技術者にとって、
そこまで警戒する物ではなくなります。
自らが今行っている仕事、
または今まで行ってきた仕事との共通項が何かしら見いだせるためです。
他の技術者にとっての定常業務から学べることは多い
技術者にとって当たり前の定常業務ですが、
他の技術者にとっては不慣れな部分も多いため学ぶことがあります。
それにより今まで気が付かなかった小さな発見があると思います。
この”小さな一歩”が
「技術者はチャレンジによって成長する」
という実感につながるのです。
それほど怖がらなくともチャレンジは可能で、
しかもそれにより技術者自らの技術的進歩につながる。
本実感が得られることを繰り返すことで、
技術者がチャレンジをするのは当たり前という社風が醸成されることになります。
「時間が無い」から「時間内で何ができるか」への思考転換
「時間的余裕がない」というのは、
技術者が様々な業務から回避する定石の動機といえます。
この技術者の考え方を先回りすることで、
技術的に新しいことへの挑戦においては技術者の専門性至上主義による警戒心を抑えながら、
しかし新しいことにトライさせるという道筋を作ることが肝要です。
時間が無いという言葉は、
マネジメントにとっても業務時間抑制が叫ばれる昨今では威力を発揮するものになりつつあります。
そのため一気にではなくまずは技術的定常業務に照準を合わせ、
そこから技術的に異なる仕事への取り組みに慣れさせることが、
自社技術の発展や拡大に向けたチャレンジという動きに技術者が貢献するということにつながります。
技術者自身がチャレンジする意味と意義を理解すれば、
能動的にチャレンジするようになります。
ここまでいけば
「時間が無い」
ではなく、
「今ある時間内で何ができるか」
を考えるようになります。
技術的定常業務のローテーションにより、
技術者の警戒心を解くというアプローチのご参考になれば幸いです。
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