技術評価等の委託業務の依頼ができない若手技術者
公開日: 2024年2月26日 | 最終更新日: 2024年2月25日
技術者が研究開発を推進するにあたり、
必ずしも自社だけでは完結できない技術評価等の業務が発生することがあります。
この場合、その技術評価ができる企業や外部機関に対し、
業務を委託することになります。
しかしながら実際に委託業務の依頼に向け、
見積り入手から始めることについて若手技術者に任せようとすると、
何をしていいのかわからないとなってしまう恐れがあります。
これは得たい結果が得られないという問題に加え、
相手方に迷惑をかける可能性もあります。
若手技術者が委託業務の依頼をできるようになるため、
押さえるべきポイントを解説します。
委託業務の依頼ができていない実例
以下は、実際に当社に対して連絡がきた内容になります。
当社は技術者育成だけでなく、
専門技術に関して技術支援や指導をする事業も有しているため、
このような業務委託の問い合わせが来ることもあります。
なお、当社は技術評価に向けた指導はしますが、
設備を有していないためそのような委託は引き受けていません。
先方の方は、当社を技術評価を行う企業と誤解されていた、
もしくは技術評価業務全体を完全に委託(請け負い業務依頼)しようと考えたと想像します。
(文意を変えずに、一部内容に変更を加えています)
—実例ここから—
以下の点に関する対応費用のお見積りをお願いいたします。
見積りにはそれぞれの内訳金額も明記してください。
(1) ○○製の製品がどのような材料でできているかの分析
AAA、BBB、CCCの3種類で主に構成されており、それぞれがどのような市販材料の組み合わせか知りたい。
(2) 上記分析手順に対する報告書の作成
(3) 上記報告書の内容に関する打ち合わせ
—実例ここまで—
無理難題というわけではなく、
内容的には一般的なものであると理解いただいて問題ありません。
上記の業務委託に関する見積り依頼内容を見た時に、
別におかしいところはないと感じた方がいるのであれば、
その感覚には少し問題があるかもしれません。
では、どのような点が問題かについて考えてみたいと思います。
”打ち合わせをして説明すればいい”では技術者の普遍的スキルは育たない
恐らく問題がないと感じた方の中には、
「とりあえず、簡単な依頼内容はこれでわかるので残りは担当者に来てもらって口頭で説明すればいい」
と考えた方もいるかもしれません。
打ち合わせを通じて色々なアイデアが生まれる等、
メリットがあることは事実です。
しかし改めて考えてほしいのが、
「業務委託を依頼する側は、頭が整理できているか」
です。
打ち合わせで話を整理していけばいい、という考えは
「自分の頭の整理を、相手にゆだねてやってもらおう」
という心理からきているものです。
言い換えれば、自分の頭で自分の考えを整理しようということができていません。
技術者の普遍的スキルの根幹が、
”自らの頭の中を整理し、相手にわかりやすく伝えること”
を踏まえれば、人任せな時点で成長が見込めないことがわかるでしょう。
自分が整理できていない段階で、
打ち合わせをしようというのは、
技術者が自らの力で成長するという機会を失うことになります。
若手技術者は避けなければいけない思考パターンです。
ここは自らの頭を整理し、
後述する要素を網羅した資料を作成して、
委託先と共有するのが技術者育成の基本であり、
相手に対する礼儀とも言えます。
目的の記載が不十分
上記の例を見た時にまず思ったことが、
「何が主目的なのかがわからない」
ということでした。
文章を解釈すれば、
「製品を構成する市販品の明確化」
が主目的だろうとわかります。
しかし、「目的は…」という文言が一切ありません。
さらに言うと分析手順に関する報告書作成を求めていることから、
材料分析手法を理解したいというのも目的に見えます。
業務委託の目的は何なのか、
その中で最も大切なのは何なのか。
それに対する記述がない時点で、
依頼者本人も頭が整理できていない可能性が示唆されます。
評価対象に関する情報が殆ど無い
○○製の製品で、3種類の材料で構成されていると書かれていますが、
その寸法、形状、重量がわかりません。
その製品を切断していいのか、
化学的な処理は可能なのか、
それともそのままで評価してほしいのかも不明です。
さらに言えば、室温で室内保管でいいのか、
屋外でも大丈夫なのか、
逆に冷蔵、冷凍保管が必要なのかもわかりません。
評価後の製品は返却が必要なのか、
こちらで処理しなければいけないのかも書かれていません。
このように評価対象への理解に必要な、
外観特性や取り扱いに関する情報が無い状態で、
どのような分析手法が使えるのか判断できません。
成果物である報告書に対する要件内容が不明瞭
分析手順に関する報告書が欲しいとなっていますが、
どのような報告書なのか全く分かりません。
手順を本当に事細やかに書かなくてはいけないのでしょうか。
評価サンプルの下処理手順、使用する材料や設備、
評価に用いる設備の仕様や設定条件、
ソフトウェアの使い方から含め、
すべて欲しいのでしょうか。
評価におけるノウハウまで記載が必要なのでしょうか。
そこに画像は欲しいのでしょうか。
動画が良いのでしょうか。
報告書は紙媒体も必要なのでしょうか。
電子データも必要でしょうか。
数値データの場合、その数値データの元となるCSV等のデータも必要なのでしょうか。
そしてそもそも、何を重視した報告書が欲しいのでしょうか。
ご自身で同じ作業を再現したいのでしょうか?
まだまだ疑問は多くありますが、
読んだ瞬間に上記のような疑問が多く浮かびました。
業務を委託する技術者は、
受託側が考えるであろう疑問を先回りし、
上記のような要望を明確に伝える必要があります。
上記を明確に伝える依頼書を作成しようとすると、
最低でもA4で1ページ程度の分量になります。
それを20文字にも満たない文章で要望する時点で、
自分の頭を使っていないことは明らかです。
これでは、技術者が普遍的スキルを高めることはできません。
打ち合わせに関する要望も不明瞭
同様に、例文では打ち合わせ希望とありますが、
打ち合わせのそもそもの目的は何なのでしょうか。
報告書に関する報告を口頭で行えばいいのでしょうか。
それとも、報告書を読んだ後に出てくる質問事項に答えてほしいという意味でしょうか。
打ち合わせに想定する時間はどのくらいでしょうか。
また、打ち合わせを行う場所や参加人数はどのくらいなのでしょうか。
参加される方々はどのような方々なのでしょうか。
打ち合わせ場所ではHDMI端子でつながるプロジェクターはあるのでしょうか、
その部屋の広さはどのくらいなのでしょうか。
発注企業側に出向かなければいけないのでしょうか、
それとも受託企業側にいらっしゃるという意図なのでしょうか。
仮に当社が分析に用いる設備を有している場合、
それを見たいということなのでしょうか。
報告書に記載された分析作業を目の前で行ってほしいという意味なのでしょうか。
こちらについても、上記の通り何を想定しているのか、
連絡を受けた側はわからないので、
見積りの作成のしようもありません。
希望納期が不明
報告書という成果物はいつまでに必要なのか、
打ち合わせとして想定している時期はいつ頃なのか。
そこから逆算し、評価に用いるサンプルはいつ提供できるのか。
このような時間軸に関する情報は皆無であり、
どのくらいの時間を評価に使えるのかわからないため、
計画の立てようもありません。
以上の通り、多くの情報が欠落していることがわかります。
では、若手技術者がこのような不明点だらけの依頼を行わないためには、
どのようなことを指示すればいいのでしょうか。
業務の目的、評価対象となるもの、得たい成果物、希望納期を明確化させる
結論から述べると、
上記で述べてきた課題を解決すればいいとなります。
つまり、
「業務の目的、評価対象となるもの、得たい成果物、希望納期を明確化させる」
ということに尽きます。
口頭ではなく、活字で必ず書かせてください。
技術者の普遍的スキル向上には、
書かせることは必須であり、
最も効果があります。
そして、書かせるにあたっては
・目の前書かせ、時間制限をつける
・必要に応じて口頭で説明し、活字で修正させる
という2点を心がけてください。
この辺りは、何度もコラムや連載で取り上げたことになります。
明確化できたら、それを資料化して相手方に送る
業務の目的、評価対象となるもの、得たい成果物、希望納期が明確化できたら、
それを活字と図表を組み合わせた資料にし、
見積り依頼書という形で業務を委託したい企業に送ります。
その上で、詳細をすり合わせたいので打ち合わせを希望する、
というやり取りはコミュニケーションの観点からも重要です。
情報のよりどころとなる資料が存在することで、
話が右往左往することもないでしょう。
ここで合わせて若手技術者に理解させたい観点について述べたいと思います。
相手に考えさせるには対価が発生するという観点を持たせる
研究開発を担う若手技術者に、
業務を委託する事を通じて、
理解させたいことがあります。
それは、
「相手に考えさせることに対しては、対価が発生する」
という観点です。
知的労働に対する対価感覚が低い傾向にある技術者ですが、
例えば今回例で示したように相手に考えてもらって、
自らの頭の整理を手伝ってもらうということには、
お金を払う必要があることを認識すべきです。
これは相手に対する敬意もさることながら、
結局のところ技術者自身の地位向上のためでもあります。
考えることを他者にゆだねる技術者の存在価値は必ず低下する
請負業務のように成果物のみで途中経過が評価されない仕事は、
今以上にロボットをはじめとした設備にAI等を実装させることで、
”こなされていく時代”になると思います。
このような時代において重要なのは、
「自ら課題を考え、その解決に必要な手順を考え、
実行に必要な指示を出す」
ことです。
課題を考えられれば、
外部組織だけでなく、
AIを活用することもより容易になります。
技術者の普遍的スキルというのは、
自分を俯瞰できる視点獲得が含まれるため、
課題の抽出もやりやすくなります。
これが、今の時代に求められる
「問いを創る」
につながっていきます。
しかし、相手に自分の頭の整理を委ねている今回の事例のような動きをしていると、
その技術者が担ってきた仕事の多くが、
AIや設備等の人でなくてもできる時代になった時、
技術者としての存在価値を失います。
頭の整理などの考えることの価値を意識することで技術者自らの知的活動の対価向上につなげる
考えてもらうことには対価が発生すると強く認識し、
その部分を他人任せではなく技術者自身が担うという意識を持つことで、
自らの技術者としての普遍的スキル向上が実現し、
同時に業務の依頼相手に対する見積りの意識も変わるでしょう。
こうすると、知的活動が得意な技術者が対価をもって評価される時代となり、
結果として研究開発のような、
主として”考えること”を求められる技術者の対価向上につながっていくと思います。
想像力を高めようとする意識が技術者の普遍的スキル向上につながる
今回事例で示したような、
情報の欠落が著しいやり取りの主原因は、
・該当する業務経験が浅い(または無い)
・これまで丸投げで業務を進めてきた
のどちらかにあると考えます。
いずれにしても結果として生じているのは、
「技術者の技術業務に対する想像力の圧倒的な不足」
です。
丸投げしてきたのは問題外ですが、
技術評価等の実務経験が無くとも、
「どのような情報を相手に伝えれば、
こちらの言いたいことがわかるだろうか」
「自分たちが知りたい技術評価を行おうとすると、
どのような事象の発生が想定されるだろうか」
といったことを、
「考える、想像することは可能」
です。
上記の作業においては、技術者が自らを第三者目線で見ることが必須で、
まさに技術者普遍的スキルの一つである論理的思考力が求められます。
技術者の本質的なスキルは特別なことをやるというよりも、
このような日々の技術業務一つひとつに対して、
手を抜かず、頭を使うことを積み重ねることが最も効率的なのです。
いかがでしたでしょうか。
業務委託一つに対するやり取りだけでも、
その企業の技術力は外から丸見えの状態になります。
若手技術者の想像力に欠けるやり取りが、
その企業の技術的ブランドに傷をつけることさえあるのです。
このような無用な対外的評価低下を避ける意味でも、
業務委託等、外部に仕事を依頼する際、
若手技術者だけでなく、すべての技術者が依頼する側の責任として、
今回ご紹介したことを入念に準備し、丁寧に対応することが求められます。
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