製造業の技術者がおさえておきたい製造物責任法の要点
公開日: 2023年7月10日 | 最終更新日: 2024年6月10日
Tags: OJTの注意点, 技術者の理解すべき法務知識, 技術者人材育成
今日のコラムでは製造業の技術者がおさえておきたい製造物責任法の要点について述べたいと思います。
技術者は技術的な知見やスキルを高めることは当然ですが、それ以前に一個人として社会で生きていくために必要な法務に関することを理解することも重要です。
日々、顧問先企業の指導・支援や、研修並びに講演で登壇した時に強く感じるのが技術者の法律に関する知見と関心が不足しているということです。
一会社員として勤務することが主となると、法律関連教育が社内で求められるコンプライアンスをはじめとした限られた領域に終始しているのがその背景にあるのかもしれません。
数多ある法律の中で、製造業の技術者に関係があるであろう製造物責任法を今回は取り上げます。
法律的な詳細を説明するというよりも、技術者育成という観点で技術者が理解しておくべき点について述べていきます。
本コラムに関連する当社事業:製造現場改善コンサルティング
製造物責任法は民法の特別法の一つ
日々の生活に密接に関係しているものの、法律の基本構成は何かと問われて即答できる技術者やそのリーダー、管理職は多くないかもしれません。
法律というのは憲法が最上位にあり、その下に民法、刑法、行政法という3つの一般法が紐づいている構成となっています。
更にこの下にはそれぞれの法律では正しく判断できない案件を想定した特別法が紐づいており、製造物責任法は民法の特別法の一つです。
製造物責任法というと企業向けかと思われるかもしれませんが、どちらかというと消費者保護の一部として定義されています。
より正確には「不法行為責任(民法第709条)の特則」として解釈されます。
※参照情報
製造物責任法は製造物によって生じた人的、財産的損失被害に対して、製造業者等の損害賠償責任を定める
何故、製造物責任法は製造業の技術者に関係するのでしょうか。
その理由は、
「製造業者である製造業企業などが製造した製品で発生した、人的または財産的被害をその製品を製造した製造業者が損害賠償責任を負う」
ということを定めているためです。つまり、
「作って世の中に製品を出せば終わりではなく、その製品によってもたらされる人的、または財産的損失リスクはその製品を世に送り出した企業のそばに常在している」
ということになります。
製造業の技術者は世に送り出す製品に責任を持つ
上記の事は何を意味しているかというと、製品を世に出すということに対して技術者は常に襟を正すことが求められるといえます。
研究開発をして終わり、生産して終わりということではなく、その製品が原因として発生した市場での人的、財産的責任を負わなければならないかもしれないのです。
製品を製造した企業の責任は、その企業に属する社員にも及ぶということは民法でも規定されています。
より具体的には債務の不履行や不法行為という形で規定されており、実際は所属する企業が技術者などの社員に求償するという形が取らることが多いようです。
上記のような社会の規則を理解し、社内都合などの内向き視点に陥るのではなく、常に実際にその製品を使用する顧客やその顧客の財産に被害を与えないという、外向きの視点が製造業の技術者には求められるのです。
製造物責任法で定められた「欠陥」とは
製造物責任法に抵触するような被害が生じた原因に、製造物が関わっているか否かについては「欠陥」があったか否かによるようです。
ここでいう欠陥というのは、
「製造物が通常有すべき安全性を欠いていること」
と記載されています。
※参照情報
訴訟になった場合、欠陥とは、どのように判断されるのですか。(消費者庁HP)
製造物責任法における「欠陥」の例
欠陥の例としては以下のように記述があります。
【1】製造物の製造過程で粗悪な材料が混入したり、製造物の組立てに誤りがあったりしたなどの原因により、製造物が設計・仕様どおりに作られず安全性を欠く場合、いわゆる製造上の欠陥
【2】製造物の設計段階で十分に安全性に配慮しなかったために、製造物が安全性に欠ける結果となった場合、いわゆる設計上の欠陥
【3】有用性ないし効用との関係で除去し得ない危険性が存在する製造物について、その危険性の発現による事故を消費者側で防止・回避するに適切な情報を製造者が与えなかった場合、いわゆる指示・警告上の欠陥
※参照情報
具体的にはどのようなものが欠陥に当たりますか。(消費者庁HP)
不適合品の出荷という欠陥
上記の【1】は主として「製造、生産、品質管理」に原因があるでしょう。
図面や仕様書を見ずに物を作る、不合格品と判定された製品を合格品と捏造して出荷するといったのが一例です。
製造現場の技術者の中には、時間当たりに一つでも多くの製品を作った方がいいといった「効率偏重」の考えに陥っている者もおり、これをリーダーや管理職も黙認している企業も存在するのが実情です。
※関連コラム
製品の長期耐久性をはじめとした技術評価不十分による欠陥
【2】は「研究開発」に原因があるでしょう。
市場に出た後の製品の使われ方の想定が不十分で、特に長期利用に対する耐久性評価には時間がかかるという社内的事情から技術評価企画が甘いような企業では生じやすいといえるでしょう。
技術評価の客観的視点を入れるための数学の活用にも及び腰で、定性的や感情的アプローチ、または経験則や特定の技術者に依存して研究開発を進めるような企業は要注意です。
以下のようなコラムもご覧いただき、研究開発業務フローが適切か確認することが肝要です。
※関連コラム
第10回 技術者のグローバル化に必要な数学力と文章作成力の鍛え方 日刊工業新聞「機械設計」連載
技術ではゼロにできないリスクを明示しないという欠陥
【3】についても研究開発が関連しますが、ここはいかにして社外に向けた視点から顧客の製品取り扱いを予想できるかという「想像力」がものをいうと考えます。
技術者は専門性至上主義に基づき、知っていることが正義という考えに固執しています。
意識無意識、程度の差はあれほぼ全員の技術者(技術系社員)は同じでしょう。
このような知っているということへのこだわりは、内向き目線を醸成してしまう傾向にあるため外に目が向きにくくなります。
技術者の育成においては常に外から自分たちを見つめるという客観的視点を有すること、すなわち技術者の普遍的スキルのうち最重要の論理的思考力を醸成するということが肝要です。
客観的に自らを見ることができれば、自社製品のリスクをあぶりだすことができます。
どれだけ研究開発を進めたとしてもリスクは絶対にゼロにはなりません。
しかし、どのようなリスクが生じうるかということを想像できれば、それを製品の取り扱い説明などに明記することで、市場で顧客が人的、財産的被害を受ける可能性を抑制することができるでしょう。
実際に製造物責任法では注意喚起を明記していたことにより、損害賠償請求が棄却されたという判例もあります。
ただ何より重要なのはそのようなことを起こさせない様、技術者は最善を尽くして研究開発業務に邁進すること、そしてゼロにできないリスクは真摯に明示するという姿勢が必要なのです。
※関連コラム
第4回 技術者は論理的思考力をどう鍛えるか 日刊工業新聞「機械設計」連載
製造物責任法の対象となる製造物とは
最後に製造物責任法の対象となる製造物について触れておきます。
対象となるものとして3つ要点が挙げられています。
(1)有体物であること
(2)動産であること
(3)製造または加工された動産であること
有体物であること
形があるものとして捉えて良いようです。
電機、音響、光線、熱等は無体物であり、ソフトウェアも無体物として扱われます。
動産であること
これは法律に触れたことがある方は理解できるかもしれません。
その名の通り、動く、もしくは動かせるものです。
これ以外は不動産であり、代表的なものは土地などです。
製造または加工された動産であること
技術者として理解しておくポイントは「製造された動産」という意味でしょう。
上記は半製品、部品、付属品、原材料などの後加工工程が控えるものも含まれていることを理解しなくてはいけません。
また加工という単語も注意が必要です。
主に食品が想定されているようですが、製造された動産に対する加熱、味付け、粉ひきは形態が大きく変わる、もしくは分子レベルでの性質が変わることから加工に該当する一方、切断、冷凍、乾燥は加工には当たらないとされています。
この辺りの定義についての詳細を知りたい方は以下のサイトをご覧ください。
※参考情報
いかがでしたでしょうか。
製造物責任法というものが、技術者の研究開発や製造、生産といった技術業務と関係していることを感じていただけたかもしれません。
技術者育成による教育や指導においては技術的な基本スキルの指導はもちろん重要ですが、一技術者以前に一社会人としての常識である関連法律を学ばせることも重要です。
一般的な法律関係に関する基本指導は総合職を想定している場合が多く、機密に関する知的財産法の一つである不正競争防止法、労働法に分類される労働契約法、労働基準法、男女雇用機会均等法等のいわゆるコンプライアンスに関する限られたものに終始すると思います。
今回ご紹介したような製造物責任法は、技術者が取り組む日々の技術業務が所属する企業の将来性にもつながるということを理解する一つのきっかけになるかもしれません。
技術者育成における教育内容の一つに是非加えていただきたい内容です。
技術者育成に関するご相談や詳細情報をご希望の方は こちら
技術者育成の主な事業については、以下のリンクをご覧ください: