研究開発業務で”正解は何ですか”と言ってしまう若手技術者
公開日: 2024年7月15日 | 最終更新日: 2024年7月12日
Tags: OJTの注意点, メールマガジンバックナンバー, 技術報告書, 技術者人材育成, 自分で考えられない技術者
研究開発を担う若手技術者の中には、「正解は何ですか」とよく発言するタイプもいます。
このタイプの若手技術者によくある発言と矢印の後に深層心理を記述すると、
以下のようになります。
このようにやる理由は何ですか?
→理由がわからないと不安。自分の理解が間違えていて恥をかきたくないので。
どうすればいいか見本を見せてくれますか?
→正解を模倣すれば間違えて恥をかくことがないので。無駄なこともやりたくないし。
といった趣旨の発言をするのが典型例です。
このような発言をしがちな若手技術者の育成について考えます。
※本コラムに関連する当社事業:技術者育成コンサルティング
効率化への執着心と失敗したくないという恐怖心
私が指導をしている(していた)技術者の中にも、
冒頭ご紹介したような発言をする若手技術者は相応数います。
中には若手だけでなく中堅やベテラン技術者もいました。
恐らくこの技術者たちの共通心理は、
「効率化への執着心と失敗したくないという恐怖心」
のどちらか、または両方であることが分かってきました。
失敗に対する恐怖心を有する若手技術者の軌道修正は難しい
強いてどちらかといえば、という議論に基づくと、
できるだけ効率よく仕事をしたいということにこだわる技術者よりも、
失敗したくないという恐怖心を有する技術者の方が軌道修正は難しい傾向にあります。
前者はこのようにした方が効率的である、
という説明に納得すれば行動を変えることが多いためです。
しかし恐怖心を有する技術者は思考の癖としてしみついていることが多く、
どれだけ心理的安全性を与えても、
「それでも大丈夫だろうか」
という自問自答を繰り返して動きを止めてしまいます。
このような心理状態の若手技術者は、
実行力と柔軟性、積極性に欠けることから実務推進力もないため、
止まるしかないのです。
この恐怖心の強さは自尊心の高さと強い”負の相関”があると感じており、
「成功体験がない(少ない)上に、失敗体験もない(少ない)」
という共通点があります。
結局のところ恐怖心によって幼少期から学生時代まで、
最前線で何かを実践した経験を回避してきたため、
自分の恐怖を克服する術を知らないのだと思います。
止まることで恐怖心を克服する経験する機会を逸してしまえば必然といえます。
このような技術者自身の有する恐怖心は、
技術者育成において育成効率向上の足かせとなってしまいます。
年齢を重ねることで執着心と恐怖心の修正はより困難となる
これは私自身が指導している中で痛感していることですが、
やはり技術者も年齢を重ねるほど技術者育成による軌道修正が難しくなります。
本当に自分自身を変えたいという強い危機感と当事者意識があれば変わることができますが、
現状維持バイアスが邪魔をして今までの考え方に固執してしまうからです。
年齢は今までの技術者育成の経験の中で、
最も強い影響を与える因子の一つと考えています。
この辺りは以下のようなコラムでも触れたことがあります。
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技術者の育成や教育は何歳くらいまでにきちんと始めるべきかわからない
当社が技術者育成において、
”若手”技術者育成という単語を多用するのも、
人間が変わることができるのは若いうちのほうが圧倒的に確率が高まる、
という実体験に基づいています。
若手技術者最強の武器である”若さ”は、
当人が特に意識しなくても育成効率を高める機能を有しています。
ただし繰り返しになりますが、
年齢を重ねても技術者本人が”変わりたい”と”強く”思えば、
変わることができます。
研究開発という業務はわからないことを明らかにするのが基本
大前提として研究開発を担う若手技術者が理解しなければならないことがあります。
それは、
「技術的な発見や進展、課題解決を実現するのが研究開発で、
不明なことを明らかにするのがその基本にある」
ことです。
正解が分かる業務は研究開発に該当しません。
技術者という職種の人間が動くまでもないのです。
正解が分かることを行うのは”作業”です。
分からないことを明らかにするからこそ、
研究開発には価値があるのです。
企業に属し、研究開発を担う技術者は、
上述したような信念に基づいて日々の業務を全うしなければならない。
リーダーや管理職はまず本点について、
若手技術者に理解させることが肝要です。
正解を知りたがる若手技術者に投げかけたい言葉
上述の大前提ができたとして、
業務中に生じた疑問などについて正解を求める若手技術者に対し、
リーダーや管理職はどのような言葉をかけるべきでしょうか。
結論から言うと、
「自分で正解か否かを実験、試験などの実践で確かめてみなさい」
となります。
ただ、経験の浅い若手技術者にいきなり好き勝手にやれ、
といった指示では何をやっていいかわからないでしょう。
そこで若手技術者には技術評価計画を簡単に作成させ、
それをリーダーや管理職が確認します。
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後述する安全に関する懸念がないようであれば、
仮に”無駄なこと”とリーダーや管理職が感じたことであっても若手技術者に実践させ、
若手技術者自身が求めた正解が何かを、
試行錯誤しながら自ら獲得する体験をさせることが肝要です。
仮に予想できる答えがあったとしても教える必要はない
経験のあるリーダーや管理職であれば、
若手技術者の求める正解について、
知見がある場合もあります。
しかし正解を求める若手技術者に正解を与え続けてしまうと、若手技術者は
「わからなければ○○さんにきけばいいか」
と考えるようになります。
正解はきけばいいという考えは後に他力本願の文化を醸成する
リーダーや管理職は今目の前にある正解を答えるか答えないか、
という視点ではなく、その先に何が起こるかを考えるべきです。
リーダーや管理職が正解を教え続けてしまうと、
「他力本願」
という流れができてしまいます。文化醸成といっても過言ではありません。
これは技術者育成の根幹である”能動的活動の推進”の真逆の動きとなります。
しかも、他力本願の若手技術者が年齢を重ねて中堅、下手をするとベテランになっても、
一度上記のような流れができてしまうと他力本願の癖が抜けません。
最終的には聞ける人がいなくなると、
ベテランになった他力本願ベテラン技術者たちは、
若手技術者や中堅技術者からの相談に対し
「それは自分で考えろ」
といった対応しかできなくなります。
若手技術者、中堅技術者のモチベーションを下げるのは言うまでもありません。
よって、リーダーや管理職は正解だけを求めるような問いかけには、
仮に知見があっても答える必要はありません。
将来的な”他力本願文化の開花の回避”に必要な考え方です。
正解に結びつくような情報源を教えることは重要
上記の通りリーダーや管理職は、
正解を渇望する若手技術者の問いかけに真っすぐ答える必要はありませんが、
その正解に近づくかもしれない情報源を教えることは大切です。
学術論文、参考図書等が一例です。
例えば化学系の技術者で、
AとBで合成される化合物は何かという正解を求めたいとします。
その場合は、基本剛性を網羅したハンドブックの存在を教え、
それを参考にすることを伝えるのが一案です。
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安全に関わる部分があれば即伝える
例外として理解しなければいけないのは、
それを行うと事故につながる可能性があるものです。
濃塩酸を開放系で容器を開ける、
金属Naに水をかける、
動いているローラに近づく、
アルコールを含む洗浄剤の近くで火を使う等、
リーダーや管理職が常識と考えるその常識が、
若手技術者には欠けている可能性はゼロではありません。
安全に関することは、
技術者として必須の教育内容になります。
若手技術者に作成させた技術評価計画書を読み、
その内容に危険が潜んでいないかを注意深く確認し、
もし懸念があるようだったら若手技術者本人に詳細説明させる、
場合によっては現場に行って作業のシミュレーションをする、
といったフォローは必要です。
「技術は安全の上でのみ成立する」
このことは、リーダーや管理職は絶対に忘れてはいけません。
本コラムに関連する一般的な人材育成と技術者育成の違い
一般的な人材育成では、
聴かれたことは教育係(ブラザー等)が答え、
若手社員を教育することを推奨するかと思います。
技術者であっても一般的なビジネスマナーなどは、
そのやり方で教育し、育成すべきです。
しかしながら研究開発を担う技術者育成においては、
正解をすべて伝えることは育成対象である技術者の成長を遅らせるばかりか、
既述の通り他力本願になってしまう恐れがあります。
正解を求める若手技術者に対し、
技術者育成の観点からもう一点重要なのは、
「若手技術者を誘導すべき、正解に近づく”具体的”な情報源は何か」
をリーダーや管理職が選定できるかです。
技術者育成コンサルティングでは、
若手技術者に有効な技術情報源が何かを予めリーダーや管理職の方からヒアリングをし、
若手技術者に対してどのように伝えるかをお伝えします。
ここでは、ある程度技術的な内容ついても議論させていただき、
当社側も概要理解を進めることで、
適切な伝達方法検討の一助とします。
また仕事が止まってしまうなど実務推進に問題が生じた場合、
どのような方向で指示を出すべきかについて、
できる限り具体的な助言や提言を行います。
まとめ
正解を求める若手技術者の心理は、
できる限り効率的に仕事を進めたいというこだわりや、
失敗をしたくないという恐怖に由来することを述べました。
安全に関することは若手技術者に必ず伝えなくてはいけません。
それ以外については仮にリーダーや管理職に正解に関する知見があったとしても、
それを伝えるのではなく、必要な情報源を教えながらも、
最終的には若手技術者自らが実験や評価を行うことで、
自分で正解にたどり着く実体験をさせることがポイントとなります。
その際、若手技術者の動きを把握する意味でも、
技術評価計画を簡略版でいいので若手技術者に作成させることも重要です。
最後に
当社では上述した内容を含む、
主として研究開発を行う技術者向けの技術者育成コンサルティングを提供しています。
正解を求める若手技術者に対する指導方法などについてご相談がありましたら、
お気軽にお問い合わせください。
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