技術者の話が長くて何が言いたいのかわからない
公開日: 2023年7月3日 | 最終更新日: 2024年7月10日
Tags: メールマガジンバックナンバー, 技術コミュニケーション, 技術者の癖, 技術者の自主性と実行力を育むために, 技術者人材育成, 論理的思考力
技術者の話が後付けのように話題が連なり、結局のところ何が言いたいのかわからないということはないでしょうか。
業界不問で技術者にとって大変重要な普遍的スキルの5大要素において最も重要な「論理的思考力」は、上記の技術者の言動を改善させる切り札ともいえるスキルです。
今回は技術者の話が長いということに関する対策について考えてみたいと思います。
※本コラムに関連する当社事業: 新人技術者研修
情報を盛り込みたくなる技術者の思考の癖
最近登壇した技術者向けの研修での出来事です。
「自社の求める技術者のアウトプット(成果)とは何か?」
という質問を登壇した私から行いました。相手はまだ2年目の若手技術者の方です。
その方は一生懸命話をしてくれました。
このように熱心に研修に参加するということは大変素晴らしく、
同時に登壇する側から見ると必要最低条件とも言えます。
その方がお話してくれた内容は以下のような構成になっていました。
1. 今の自分が直面する業務の説明
2. それに対する自分の取り組み
3. 取り組みがうまくいかないことに対して感じている課題と上司からの要求
4. その課題を改善するべくどのようなことに取り組んでいるかの説明
5. 上記を踏まえて、求められているアウトプットの言及
上記の番号は若手技術者の方が話をされた時間軸に並べています。
説明自体がわかりにくいことはありませんでしたが、話し方が技術者によくあるパターンであると感じたのも事実です。
当事者意識の高い技術者程、主観的視点から議論を展開しやすい
個人的な感覚としては、上記の話をしてくれた若い技術者に対して良い印象を持ちました。
日々一生懸命仕事に取組み、上司の指摘や要求に応えようとしていることがにじみ出ていたからです。
そして、このような熱心に仕事に取り組む見込みある技術者だからこその課題を感じたのも事実です。
結局のところ上記で触れたような1から5の構成で話をした場合、聴き手が持つ悪い印象、主には
「話が長い」
というものが想定されたためです。
技術者というのは理系の勉学を高校、高専、短大、大学、もしくは大学院まで修めた方々が多い。
教育の方向性は大分変ってきたものの理系の勉学にはある程度の暗記も必要であるため、
知識の習得率を求められてきていると思います。
※関連コラム
自らの頭の中をすべて伝えようとする技術者の心理
知識を求められてきたことは、できる限り多くの情報をインプットすることが正しいという潜在意識につながっています。
これこそが”知っていることこそすべて”という、実践力のある”知恵”ではなく単に知っているという”知識”を最重要視するという
「技術者の執着する専門性至上主義」
の正体であると考えます。
この考えを持っていると、自分なりにがんばっていることをすべて伝えなくてはいけないという心理に陥りがちになります。
自分はこれだけ知っている、という考えが
「自分はこれだけ頑張っているということをできる限り伝えよう」
という心理に変質してしまうからです。
知識量=情報量という意識がインプットだけでなく、
例えば相手に話をするというアウトプットにおいても同意識となり、
多くの情報を持っているということを知ってもらいたいと考えやすいためです。
この時点で話を相手に理解してもらおうという相手に対する視点は消滅し、
自らにスポットライトが当たった主人公となって舞台の上で一人議論を展開することになります。
主観的な話は相手に理解されにくく、何より時間がかかる
企業においては生産性、一般にはタイパ等の時間当たりの価値観を重視する論調がみられます。
課題があるのは言うまでもありませんが、これはこれで一理あります。
これに関してでいうと主観的な話というのは、
「相手に理解されにくく、しかも伝わるのに時間がかかる」
のです。
聴く側は結局何が言いたいのかわからず苦痛に感じますし、
話す側もわかってもらうために一生懸命考えて色々な論点を引張り出して話すので疲労するはずです。
両者にとってまさに”非効率”です。
猶予時間を与え、短時間で言い直させるということの繰り返しで論理的思考力は改善する
冒頭に紹介した研修で、この非効率の状態改善に向けて行ったことについて述べます。
講師として何を言ったかというと、
「今から30秒差し上げるので、今私に対して話してくれたことを30秒以内という時間の尺に収まるようまとめ直してください」
ということをお願いしました。
元々は1分半程度の時間をかけていたので1/3の時間です。
一生懸命考えてくれましたが、結局その若手技術者の方はまとめ直すことができませんでした。
研修である上、恐らく初めての経験ですのでできないことは全く問題ありません。
しかしこのような短時間で考えをまとめ、それを端的に伝えるということを
「繰り返すことで習慣化する」
ということは大変重要です。
この繰り返しの取り組みこそが、技術者の普遍的スキルの要素の一つである論理的思考力を鍛錬の王道といえるでしょう。
論理的思考力とは自己制御力
論理的思考力というと様々な表現が巷にあふれていますが、本質的な部分でいうと
「自己制御力」
だと私は考えます。これを別の表現をすれば
「幽体離脱できる力」
でしょう。
自分はあれを言いたい、これを言いたい、これをわかってもらいたいという自らの欲求を抑え、
「どうすれば相手に要点が伝わるのか」
という観点を主にしながら、
「実際に話をしている自分を少し離れたところから確認し、必要に応じて自らの発言内容に修正を加える」
ということは、幽体離脱をするくらい自らを客観的に見えなければできません。
この辺りは以下のような連載で何度か触れたことがありますので、詳細はそちらをご覧ください。
※関連情報
第3回 技術業務報告に必須の技術者の論理的思考力 日刊工業新聞「機械設計」連載
第4回 技術者は論理的思考力をどう鍛えるか 日刊工業新聞「機械設計」連載
若手技術者に対して行ったフィードバック
研修における若手技術者とのやり取りに戻ります。
若手技術者に対してはフィードバックを行いました。
私が行ったのは
「若手技術者の発言内容をおよそ10秒程度に圧縮する」
ということでした。
単に短くすれば良いというわけではありません。
気を付けたことは以下の2点です。
・若手技術者の話した内容の要素を網羅すること
・質問事項に対する回答として妥当かを確認すること
前者に対しては若手技術者が述べた5つの構成要素のうち、研修中に与えた質問で回答として求められているのは3番目の後半と5番目だけであることを理解の上で盛り込みました。
更に、質問事項は「アウトプット(成果)は何か?」ですので、
その問いかけに対する回答になるよう文言を整えました。
実はこのようなやり取りこそが、
「技術者の話が後付けのように話題が連なり、結局のところ何が言いたいのかわからない」
という課題を解決に導くにあたり、技術者のリーダーや管理職が取り組むべきことなのです。
日々のやり取りから猶予+まとめを繰り返させる
恐らくリーダーや管理職は日々の業務において、部下である技術者に業務状況を報告させるという場面が多いと思います。
技術報告書等の文書ではなく、口頭で日常的に行われるやり取りが上記で想定すべき場面としては妥当です。
まずは技術者に本人がやりやすいようにそのまま話をさせてみてください。
ここでリーダーや管理職は途中で「話が長い」等と言って話を切ってしまうのではなく、
一度粘り強く最後まで話を聴くことで若手技術者に話させることがポイントです。
話している技術者自身が自らの言いたいことを理解しきれない可能性があるのと、
何より聴いている側のリーダーや管理職が話の内容を理解できないと、
後述するフィードバックができないことによります。
その後はもう少し要点を端的にまとめた言い方にするよう話を整理するよう、
若手技術者に伝えてください。
ここでのポイントは
・話を整理する時間を明確に伝えること
・上記の時間は短め(長くても1分程度)に設定すること
です。時間は正確に計測してください。時間の制限という緊張感を持たせることが技術者の普遍的スキル向上と改善全般において重要です。
頭を整理させたら30秒以内に話させ、話した時間を計測する
その後は、実際に話し直させます。
重要視するのは、まずは時間です。30秒以内に若手技術者が話し切らせることがポイントです。
30秒経過したら一度止め、もう一度最初からやらせてください。
これを若手技術者ができるまで1、2回程度繰り返します。
それでもできなければそこまでにします。
繰り返すのはせいぜい1、2回です。
あまり繰り返しても若手技術者が苦痛に感じては意味がないので、
リーダーや管理職は引き際を理解することも重要と言えます。
最後はリーダーや管理職が15秒以内で若手技術者が言いたかったことを15秒程度に圧縮し、よくできていたところと課題を伝える
もしかするとここが盲点かもしれません。
若手技術者には特に最初の頃、リーダーや管理職からある程度ゴールを示してあげる必要があります。
ここでいうゴールというのは、
「どのような形で話を圧縮すると自分の言いたいことが相手に伝わるのか」
ということを”聴き手目線”から若手技術者に理解させることです。
つまり、
「リーダーや管理職も論理的思考力を活用して若手技術者の話を圧縮できなくてはいけない」
ということになります。
できれば若手技術者に要求したよりも短い15秒程度で圧縮できるのが理想です。
このような答えの一例を示した後、若手技術者に対しては”よくできていたところ”と”課題”をそれぞれ伝えます。
ここでも課題だけを延々と伝えてはいけません。
何より継続が命の取り組みですので、若手技術者を中心とした指導対象の技術者の自尊心を傷つけずにモチベーションを維持するという意味で、よくできたところも明確に伝えてあげてください。
後はひたすら繰り返します。
どこかのタイミングで何も言わなくとも若手技術者は短時間で要点を抜粋の上、
口頭で報告や相談をすることができるようになります。
このように日常のちょっとした一コマに上記のような観点でのやり取りを入れるという地道な取り組みこそが、本質である普遍的スキルを技術者が身につける最短の道となります。
本コラムに関連する一般的な人材育成と技術者育成の違い
話したい内容を短時間で要点を抜粋するというのは、
技術者のように専門性が高まるほど難しくなります。
その根幹にあるのは、
技術的内容を端的にまとめる経験の不足
です。
技術者は効率よりも専門性の高さを重視される傾向にあり、
また当事者である技術者もその期待を理解しています。
そのため、端的に話や考えをまとめるという経験が不足しているのです。
今回紹介したようなトレーニングは一般人材育成研修でも可能だと思います。
研修の講師が時間を計測し、話をさせるというやり方が一案です。
しかしここで重要なのは、
まとめていく過程で、講師が技術的な内容を理解し、相手に歩み寄れるか
です。
講師に技術業務、特に主担当として現場の最前線での実務経験が無いと、
仮に受講者の技術者が自分の考えをまとめようとして止まってしまった場合、
技術的な観点からの後押しができない
と思います。
技術的な後押しとは、
技術者の話の技術的言い回しの変更や言いたいことの確認
です。この一押しが大変重要です。
この一押しによって、技術者自身が頭の中を整理するきかっけを得て、
本コラムで述べてきた自己制御の思考方法を学ぶことができるのです。
当社の新人技術者研修では、技術者として10年以上の実務経験を有する講師が、
上記のことも念頭に指導を行います。
詳細は当社問い合わせページよりお気軽にお問合せください。
最後に
既に述べた通り若手技術者の論理的思考力を高めて話す内容を要点抜粋の上で圧縮できるようにするためには、
リーダーや管理職自身も、ある程度は論理的思考力を有している必要があります。
指導する側に論理的思考力が無ければ、論理的思考力を身につけるために必要な指導ができないことを考えれば当然かもしれません。
技術者の話が長引くことを課題と感じるリーダーや管理職の方々に、
是非実践いただきたい指導法です。
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