若手技術者の定着化に向けジョブ型人事を導入したい
公開日: 2024年9月10日 | 最終更新日: 2024年9月11日
Tags: できる技術者をさらに伸ばす, ジョブ型業務, メールマガジンバックナンバー, 技術者の自主性と実行力を育むために, 採用
若手技術者の定着化に向けジョブ型人事を導入するということについて考えます。
ジョブ型人事の注目とニーズは高まる傾向
ジョブ型人事という単語を聴くことが増えたと感じている方もいるかと思います。
一例として2024年8月には内閣官房から「ジョブ型人事指針」という資料が出されました。
本内容に基づき、様々なメディアが取り上げています。
上記の指針の基本的な考え方は、
「自律的なキャリアの選択という自由を労働者側が獲得すべき」
というもののようです。
技術者を事例とした場合、
「企業が本当に技術的専門性を活かそう、活かしたいと思っているのか、
そして活用できるのかといったそもそもの疑問」
に加え、
「上記資料中でも日本以外の国ではジョブ型が一般的といった言及がなされるなど、
主に欧米を想定した追従型思考で本当にいいのかという違和感」
もありますが、様々な前提を理解しているのであればジョブ型人事も悪くないと考えます。
今回は若手技術者の定着化に向けたジョブ型人事の導入ということについて、
いくつかの前提を説明した後、若手技術者を想定した業務設計の留意点を解説します。
技術職に対するジョブ型人事導入の前提条件
あまり多くのところで触れられていませんが、
実際に顧問先企業での業務状況や、
自分自身の会社員生活を振り返ったとき、
ジョブ型人事導入においては”前提”があると感じています。
ここでは主に2点ご紹介します。
職務の明文化
”ジョブ型人事”を実行し、いわゆる”ジョブ型業務”を設計するにあたっては、以下の3点を”明文化”することが出発点です。
- 具体的に何をしてもらいたいのか
- 成果と認めるものは何か
- それをいつからいつまでやるのか
技術職が前提となる場合、専門的な内容も含まれるため人事部門が職務の明文化をすることは難しいでしょう。
そこで求められるのが若手技術者を含む技術者のチームをまとめる、
リーダーや管理職が上述の3点を明文化することです。
明文化はそれほど容易なことではありません。
業務の具体的記述
例えば、
「○○という材料の開発」
といった表現はNGです。
材料の開発というイメージが、人によって異なるからです。
仮に上記が事例である場合、具体的に書かなくてはいけないのは例えば以下のような点です。
表 ジョブ型業務の記述例
項目 | 概要 |
---|---|
原料や使用器具の調達、購入の手続き | |
各種材料分析機器を用いた分析と結果の解析、並びに報告 | →想定使用分析機器:NMR、FT-IR、HPLC、SEM(XRD) →なお、上記以外の分析機器以外を使用する場合、本業務内容に加筆をするものとする |
月に1回のチームミーティングの出席と、ミーティング中での20から30分の発表 | →発表においては別紙に示す報告書類を、ミーティングの2営業日前までに作成の上、 ○○のサーバーにアップすること。拡張子は.docxとする |
自らの提案、もしくは上司の指示による技術報告書の作成 | →技術報告書は別紙に示すテンプレートに基づき作成を行う。 →作成においては、技術報告書策定手順書に従うこと。 →作成後は上司に確認、承認の手続きを経ること。 |
化学実験の実施 | →安全手順書を理解の上、化学実験を行う。実験を行う前に実験の計画を上司に報告すること。 |
実際は各項目を一覧とし、そこに詳細を記載するイメージです。
業務委託契約の明細のイメージを持っていただくといいかもしれません。
業務範囲や内容の拡大解釈を許容する記述は行わない
業務を進めていくと、想定外のことも必要になるかもしれません。
「ここに記述の無い関連業務の対応を含む」
といった抽象的な表現をした時点で、
それはジョブ型業務内容の記述ではなくなります。
業務をなし崩しに増やしていこう、広げていこうという意図が見えており、
役割を明確化しようというジョブ型業務の考え方ではないのです。
ジョブ型というのは、主として対応すべき業務をできる限り詳細まで明文化し、
業務に対するイメージを明確化できる必要があります。
業務推進において業務の範囲が広がる、といったこともあるでしょう。
その場合は業務内容の加筆と改訂を行うことで対応します。
人事システムの観点から言えば、業務範囲が広がるということは報酬(給与)にも影響を与える可能性を考えなくてはいけません。
ジョブ型業務の内容追加は報酬に影響を与えることも
例えば何かしらの項目が一つ増えることで、
月額報酬でいうとどのくらいの上乗せにつながるのか、
それとも維持でいいのかといった議論が行われなくてはいけないのです。
ジョブ型人事というのは、
このような部分を前提として想定することが重要です。
成果物の明文化も重要
同様に成果物についても例えば技術報告書の作成数といった明文化も必要です。
定量化できればよりいいでしょう。
ジョブ型業務に対応するということは、
技術者であれば技術テーマがあるはずです。
この技術テーマの開始と終了時期がいつなのかといった明確化と、
それが終わった場合、その後の業務推進計画に関する打ち合わせを設定するなど、
時間軸を常に念頭に置いた明文化も併せてポイントとなります。
職場の理解
ジョブ型業務を推進する技術者は、いわゆる従来型の業務形態である他の技術系社員と明らかに違う扱いを受けることになるでしょう。
仕事内容が明文化されている以上、
そこに書かれていること以外をやる必要はありません。
これを見て自分たちより楽だと思う技術者が職場に存在するとすれば、
まさに”現場の理解”という問題といえるでしょう。
頭ではわかっていても他の技術者が対応していることを、
ジョブ型業務を基本とする技術者はやらなくていいのを見た際、
良い気持ちはしないでしょう。
このような潜在的な不満が雰囲気への悪化につながり、
ジョブ型で働く技術者の居心地が悪くなるようでは、
技術的専門性を発揮して成果を出してほしいと考える企業のニーズ以前の話になります。
同じ正社員だとしても、ジョブ型人事である以上は別物である。
このような理解を既存の技術系社員に徹底させると同時に、
希望があれば既存の社員もジョブ型にチャレンジできる仕組みを作るべきでしょう。
今回ご紹介したような内容は過去のコラムでも取り上げたことがあります。
※関連コラム
若手技術者をジョブ型業務に対応させる際に配慮すべきこと
ここから若手技術者にジョブ型業務に対応させることについて考えます。
若手技術者はジョブ型だけでなく企業で働く基本を理解する必要がある
高い専門性を持つ理系学生や第二新卒の技術系社員を採用し、
彼ら、彼女らにジョブ型業務を推進してもらうことで、
若手技術者の定着率を高める。
このようなスローガンを掲げる企業もいるかと思います。
若手技術者や理系学生の方から見ると非常に魅力的に映るでしょう。
新人技術者や若手技術者は、
心の底では自分のやりたいように仕事をしたい、
と考えている場合も多いからです。
ただ現実を申し上げると、第二新卒や若手技術者がいきなり企業の求めるような成果を出すことはほぼ不可能です。
この理由を理解するには次の2点を知らなくてはいけません。
個人でできる技術的業務は狭く、小さい
1点目として理解すべきは
「一人でできるような技術的業務には限りがある」
という基本認識の欠落です。
企業が期待する技術業務のスケールは、
個人が抱えられるようなサイズではありません。
チームプレーを煩わしいと感じる新人技術者、若手技術者の気持ちはよくわかりますが、現実は上記の通りでしょう。
技術者以前に社会人としての基礎力が不足している
もう一点、理解すべきは
「社内外の打ち合わせの進め方と議事録作成、技術テーマ推進・管理と報告、
出張対応、知財、契約、稟議作成といった”社会人としての基本知識と経験”が少ない(無い)」
という事実です。
基本業務スキルの不足に加え、
企業の仕組みはもちろん、社会の仕組みさえよくわかっていないのが普通です。
知識はあるかもしれませんが、経験がないので当然といえます。
若手技術者が落ち込む内容の話ではありません。
経験を積めば、より正確には日々目の前のことを一生懸命に取り組めば、
自然と身につく知識やスキルです。
ジョブ型業務の割合を将来的に少しずつ増やす方針が妥当
ここまで述べてきたことを踏まえ、技術者育成の観点から言えることは、
若手技術者にいきなり100%のジョブ型業務を担わせるのではなく、
全体業務のうち1、2割程度をジョブ型業務を対応させ、
残りは従来型雇用での仕事を対応させて基礎業務経験を積ませるバランス感覚が必要である、
ということです。
若手技術者の方々の中にはあまり興味が無く、
避けたいという方もいるかもしれませんが、
社内人脈の拡大や雑用対応が、
前述の”社会人としての基本知識と経験”の獲得につながります。
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ジョブ型業務の比率を少しずつ増やしていく
ジョブ型人事で雇用された以上、
若手技術者も最終的にはジョブ型業務で成果を出すことを求められます。
そのため、状況に応じて少しずつジョブ型業務の比率を上げていくというマネジメントが、
リーダーや管理職に必要となります。
本育成計画の立案も大変重要です。
若手技術者に対応させるジョブ型業務は小さな技術テーマ
ジョブ型業務として、いきなり大掛かりな仕事を任せることは、
その若手技術者がどれだけ優秀だとしても難しいでしょう。
前述の通り、技術者以前に社会人としての基礎力と経験が足りないからです。
しかしジョブ型業務を推進させること自体は、
高い技術者育成の効果が期待できます。
ここでジョブ型業務を設計するリーダーや管理職が留意すべきは、
「小さな技術テーマ」
を設定することです。
より具体的には、
「短期間に終わる業務で、担当者と到達点が明確である技術テーマ」
であることが求められます。
この辺りの詳細については以下のコラムで取り上げたことがありますので、
詳細はそちらをご覧ください。
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将来研究開発を担う若手技術者の育成には中長期の研究は適さない
若手技術者にはジョブ型業務以外は企業内ルールや社会人としての基本を体感させる業務を与える
若手技術者はジョブ型業務以外の時間は、
従来の技術系社員が経験してきた業務を行うことが求められます。
中には若手技術者から見ると単なる雑用としか思えず、
スキルアップの観点から意味のないと映る仕事もあるかもしれません。
ここで考えてほしいのは、
「何故、社会人経験の浅い若手技術者が雑用と判断し、さらにそれが意味が無いとわかるのか」
ということです。
業務内容を判断するのはリーダーや管理職の仕事であり、
若手技術者の仕事ではありません。
知らないことは最大の武器
若手技術者は経験が浅く、知らないことも多いです。
それは悪いことなのでしょうか。
変に知識や経験があると、色々なことをうがった見方しかできない、
偏見で選択するといったバイアスがかかってしまいます。
日常業務をまずはあまり考えすぎずに一生懸命取り組み、
その”体験”から何か学ぶことはないかを考えることこそ、
技術者育成の本質の一つなのです。
知らないということは実は武器でもあることを、
リーダーや管理職はもちろん、若手技術者自身も理解すべきでしょう。
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ジョブ型業務を担当することはたやすいことではない
ここで一点だけ加筆したいことがあります。
ジョブ型業務を担当するということの”意味”です。
既述の通り明文化されていないことは行わなくていいですが、
その代わり職責として明文化された業務については、
全力投球するのが”当然”であり、
成果を出すという期待を背負い続けるという高いプレッシャーを受けます。
結果が出なければ報酬を下げられる可能性もあります。
そういう世界で業務に邁進するのがジョブ型という単語の本質である、
と私は考えています。
言い方を変えると、これに耐えられない技術者はジョブ型業務には向いていません。
以上の通りジョブ型を導入したいのであれば,
企業として割り切らなければならない部分も多くなるのです。
リーダーや管理職がこの危機感をあおる必要はありません。
ただ企業側として、若手技術者のジョブ型人事での業務推進が難しいとなった場合、
既存の雇用形態に戻すという選択肢を用意することは重要でしょう。
ジョブ型の働き方には向き不向きがあるという前提で、
若手技術者の適性を見極めてほしいと思います。
定着化だけを考えれば裁量権の大きさが重要
もう一つ加筆しておきたいのが、定着化のポイントです。
今回ご紹介した技術者向けのジョブ型業務導入動機として定着化に触れました。
ジョブ型業務導入も定着化に効果があるかもしれませんが、
それ以前に必要なのが裁量権の大きさです。
若手技術者であっても自分で仕事を推進した、
という実感を持たせることが肝要です。
この辺りは過去にもコラムで取り上げましたので、
そちらを併せてご覧ください。
※関連コラム
本コラムに関連する一般的な人材育成と技術者育成の違い
ジョブ型人事の導入は政府が推進する内容ですので、
恐らく人事体制の設計や構築などを支援することをはじめ、
一般的な人材育成関連として様々なサービスが存在するでしょう。
これはこれで重要なことだと思います。
ジョブ型人事の一本足ではなく、
既存人事制度とどのようなバランスを持たせるかといったものが一案です。
特に評価体制の構築は技術者育成にも応用できる内容と考えます。
これに対して技術者に対してジョブ型人事をどのように実践させていくかについては、
人事体制というよりも
「ジョブ型”業務”の設計」
の方が重要です。
実際に若手技術者を含む技術者を部下に抱えるリーダーや管理職は、
技術者向けにジョブ型業務をどう設計し、
それを技術チーム内でどのように運用していくかを考えなくてはいけません。
特に技術者をはじめとした技術系社員は専門的な業務が多いため、
業務内容の定義をしやすいという利点があります。
そして、専門性至上主義に傾倒したバランスの悪い社会人にならないよう、
一般業務を主として取り組ませて社内ルールや社会人の常識を学ぶといった、
技術者だからこそ陥りがちな課題に先回りするのが技術者育成の特徴です。
本コラムに関連する具体的な技術者育成支援の例
当社の技術者育成コンサルティングでの対応となります。
ジョブ型人事を導入した企業に対しては、
まずどのような人事システムなのかを丁寧にヒアリングします。
そのうえで、ジョブ型業務によって若手技術者を育成するのに適した業務設計に関するコンサルティングを行います。
実際の業務内容をヒアリングの上で、
企業の業務設計の課題や強みを当社担当者が理解します。
上記のうち、特に強みを生かした領域から短期で完結する技術テーマの企画立案を、
企業の技術者の方々に企画立案をしてもらい、
その内容をもってジョブ型業務設計をまとめます。
技術テーマ立案の方法や社内システムが無い場合は、
当該業務フローの構築から支援いたします。
その後は若手技術者向けのジョブ型業務内容の明文化を支援し、
最終的には若手技術者に企業の担当者から伝えていただきます。
中長期契約の場合、
その後も定期的、または不定期で状況をリーダーや管理職からヒアリングし、
同時に若手技術者とも面談を行い、
ジョブ型業務推進に課題が生じていないかを丁寧にフォローします。
まとめ
ジョブ型人事がトレンドワードになりつつある昨今、
その人事システムに該当するジョブ型業務設計は大変重要です。
特に業務内容の明文化は不可避であるため、
リーダーや管理職も十分な準備が必要となります。
ジョブ型業務は短期的に完結する技術テーマが望ましいです。
そして、若手技術者は仮にジョブ型人事として採用されたとしても、
ジョブ型業務は実際の1、2割程度にすることを推奨します。
これは社会人としての基礎力なしに、
本当の意味でのジョブ型業務による成果獲得は難しいからです。
若手技術者の社会人としての基礎力が高まってきたところで、
徐々にジョブ型業務の比率を高め、
成果にこだわった人事考課へと移行するのです。
ジョブ型人事という単語に飛びつくのではなく、
自社に導入する場合どのような取り組みが必要なのかを、
一つひとつ積み上げていくという地道かつ丁寧な取り組みが求められます。
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