職務を明確にした ジョブ型 対応の技術者を育てるには
公開日: 2020年7月14日 | 最終更新日: 2024年9月8日
2020年7月7日の日本経済新聞において「怖がられない成果主義」という題目の記事が掲載されていました。
ここの中でも出てきている「 ジョブ型 」という言葉。
職務を明確に規定した欧米企業で多く採用されている考え方です。
今日は職務を明確にした ジョブ型 対応の技術者を育てるにはどうしたらいいのか、ということについて考えてみたいと思います。
COVID-19 によって急速に高まる ジョブ型 の技術者
感染症の拡大は未だ止まらず、今までの常識を非常識に、そしてその逆も短期間で引き起こす凄まじい破壊力を世界中に示しています。
今回の感染症をきっかけに、世界が変わるのは不可避だと私は考えています。
もちろんそれが悪いことばかりではなく、望ましい変化をもたらすことは世界中の方々が共通して認識していることでもあります。
技術者にとって今回の感染症で痛感した最も大きな変化は、
「 テレワーク 」
だったのではないでしょうか。
テレワークについては過去、何度かコラムやメルマガのテーマとして取り上げたことがあります。
※ テレワーク 対応時に技術者へ何をやらせればいいかわからない
今後もテレワークの必要性は継続すると考えられ、製造業の技術者たちもどのようにしてテレワークの中でも所属企業に貢献していくかを考えていかなくてはいけない時代となっています。
そしてこのような労働環境の激変にあって「ジョブ型」という雇用形態が望ましいのではないか、というのがメディアをはじめとした多くの方の認識のようです。
ただ一般的にはジョブ型の従業員として取り上げられるのは、企画、営業、マーケティングなどの職種が多く、製造業の技術者についてはあまり述べられないことが多いと感じています。
まずは技術者についてのジョブ型とは何か、という話から入っていきます。
ジョブ型の技術者とは
そもそもジョブ型の技術者とはどのようなイメージでしょうか。
端的にいえば、
「自分の仕事を明確に説明することができ、周りもそれで納得している労働環境にいる技術者」
といえます。
職務を説明するにあたっては、作業に近いことをする技術者の場合、以下が一例です。
・機械加工において、NC機にてアルミと鉄の合金の加工を行う
・PP、PEをはじめとしたポリオレフィンの高収率合成触媒の開発を行う
・ウレタン系の塗料を用いた工場の屋内、屋外塗装を行う
・アルミニウム合金のアルマイト処理を行う
というように、やるべきことがまず明確になっていることがポイントです。
上記はまだ明確化する余地があります。設備名称や業務を行う場所といった条件を細かく追加すればするほど、業務はより明確になっていきます。
そしてさらに重要なのは、
「上記のような職務の範囲で働くということを、周りの人間も理解している」
ということです。
あの人はあれしかやらない、といった批判的なコメントが同僚や上司、部下から出るようではジョブ型は機能しません。
このような役割に線引きをすることができない企業では、ジョブ型という流れに乗るべきではないでしょう。
技術系業種についてジョブ型を浸透させるにはマネジメントの意識が重要
現状で言えば日本の多くの製造業企業において、技術者のような技術職についてジョブ型は浸透していません。
色々な課題があるのは事実ですが、やはり最も大きな課題が、
「技術系マネジメントが技術者に対して職務を明文化するのが苦手」
というのがあります。
これは決してマネジメントの能力が低いという話ではありません。
「技術者の職務を明文化するという機会がほとんどない」
というのがその背景にあると感じています。
一つ例をあげてみたいと思います。
当社が他の企業と契約を締結する際、必ずどの範囲まで指導、教育するのかというまさに職務の明文化を行います。
これは、職務を明確化しないとどこまでの業務範囲なのかが読めないため、報酬の算出をすることができないため不可欠といえます。
しかしながら日本の企業において、職務によって給与が大きくかわることはほとんどなく、どんぶり勘定に近い給与形態であると考えています。
職務を明文化するという必要性が出てくるのは、上記のようにお金が関わるときに限ることを考えれば、今の日本の多くの企業で採用している給与形態では職務を明文化する必要性はあまりないというのは、理解しやすいことかと思います。
職務を明文化できない日本の技術者の強み
職務を明文化できず、ジョブ型がなかなか浸透しない日本の技術者ですが、一般的に思われているように悪いことばかりなのかというとそういうわけではない、というのが私の考えです。
ジョブ型にこだわる場合、自分の業務範囲に線引きをする技術者が増えると予想されるためです。
私も経験のある欧米企業との技術的な共同研究開発を例にしてみます。
私が経験した範囲での海外企業との共同研究開発における現地の技術者について一言で言うと、
「技術的な職務範囲が極めて狭い」
という特徴があります。
これはこれからの時代において技術者としては、致命的な欠点とも言えます(大学や研究機関で、何かを突き詰める方はこの限りではありません)。
過去のコラムでも何度か述べているように、これから技術の世界に求められるのは異業種協業です。
この異業種協業においては、自分の業界や業務に関わらず、スピーディーかつ柔軟に様々な業界の技術の概要を把握し、必要に応じて自らの要望を提示しながら、専門的な知見を有する企業や個人と連携することがポイントとなります。
このような動きについては、様々なことを行える日本の技術者にアドバンテージがあると考えており、この日本の技術者文化の良さを頭から否定し、ジョブ型のみを追い求めるのは危険だと感じています。
欧米崇拝で生き残れるほど世の中は単純ではなくなっています。
ここは今一度、日本独自で醸成してきた技術者としての強みを見直し、それを最大化することを考えるべきだと思います。
日本の技術者の強みを高めるために
では日本の技術者の強みが活かされるような仕組みとは何でしょうか。
大きなポイントとしては以下の通りです。
1. 技術的な事実を追い求める技術報告書を書ける集団にする
2. 若手にお金と時間に関する裁量権を与えた上で早い段階で挑戦させ、失敗をフォローするマネジメント体制にする
3. 自らの技術を突き詰め、それを外に発信するという流れをルーチンにする
それぞれについて説明します。
技術的な事実を追い求める技術報告書を書ける集団にする
これは何度も繰り返し述べていることですが、文章の書けない技術者はこれから生き残れません。技術報告書が書けないということは、技術情報の収集、整理、発信、理解といった基本的な能力が欠けていることの裏返しでもあるからです。
ジョブ型を仮に採用しても、自らの技術的なアウトプットをきちんと説明できなくては、そもそもマネジメントとして技術者の成果に対する評価もできません。
まずは自らの客観的視点から制御できる冷静な目線ともいえる技術文章作成力を徹底的に醸成するということが不可欠です。
若手にお金と時間に関する裁量権を与えた上で早い段階で挑戦させ、失敗をフォローするマネジメント体制にする
今や若手技術者を保護している場合ではありません。
一刻も早く最前線に立たせ、お金と時間の裁量を与えることで、徹底的な実践経験を早い段階でさせることが必須です。
年齢を重ねた技術者が自分のやり方にこだわっている環境は、これからますます危険です。
早い変化に対応できず、足元をすくわれる可能性があるからです。
技術立国日本の礎を構築した技術者の多くに共通しているのは、徹底した現場での実践経験です。
情報過多の現状に翻弄されることなく、何が技術的本質かを見極めるには実践経験しかありません。
このような経験を、お金と時間とともにできる限り若手に与え、失敗した場合はそれをフォローするという体制が重要です。このような経験の蓄積により、日本の技術者の良さである、変化局面での柔軟性に対する基本が強化されていきます。
自らの技術を突き詰め、それを外に発信するという流れをルーチンにする
技術者の根幹は技術の本質を突き詰めるという知的好奇心です。
これを持たない技術者は、技術者ではありません。
新しいことを吸収し、生み出していこうという気持ちの無い技術者は、徐々にルーチン業務に流れていきます。
しかしこれからの企業ではそのような業務を人には行わせません。その多くがAIやロボットが行うこととなります。
ミスや不正を行う人間の業務に、もはやルーチンは不要なのです。
そして、技術者は自らの技術的な知見をわかりやすく発信する発信力が必要になります。
技術者は自分の技術は隠すのではなく、本質を知ってもらうことで協業はもちろん、自社の価値を高めるという役割がこれから不可欠になってくるからです。
上記は技術情報発信型マーケティングに関わる部分です。概要については以下のコラムをご覧ください。
ジョブ型を採用するにしても職務明確に、そして柔軟に変更できるようにする
上述の日本での技術者の強みを活かしながらも、ジョブ型を採用する方法はあるのでしょうか。
恐らく最大のポイントは、
「職務の変更や修正を柔軟に行えるようにする」
ということだと考えます。そういう意味ではマネジメントの姿勢がキーになります。
日本の技術者の強みはやはり柔軟性。
この柔軟性を抑制しないため、職務に対する変更や修正は常に行えるようにしておくことが重要です。
そして、当然ながら職務を提案する技術者、そしてそれを受けるマネジメント両者に求められるのが、
「活字による職務の明確化」
です。
拡大解釈できるような職務では、せっかく職務を設定したとしても結局様々な仕事をこなすことになり、現状と変わらなくなります。
ここはやはりできる限り具体的、かつ限定的に記載することが重要です。
結局のところ、技術者とマネジメントの文章作成力がそのポイントとなるのです。
当然ながら
「マネジメントと技術者の間の密なコミュニケーションが基本に無ければ、上記はそもそも具現化できない」
ということを加筆しておきます。
本コラムに関連する一般的な人材育成と技術者育成の違い
ジョブ型の業務を導入するにあたっては、
技術者だけでなくリーダーや管理職などのマネジメントを行う方々も活字化する力が必要と述べました。
特にリーダーや管理職も元技術者であることが多い技術チームでは、
まず何より先に技術報告書をかけるベーススキルを、
職種によらず持つことが大変重要です。
技術者の普遍的スキルの一つである技術文章作成力の鍛錬が、
上記のベーススキルに該当します。
一般的な人材育成では技術系文章作成法の指導することは多くありません。
それに対し、技術者育成では技術報告書の基本構成、技術的専門用語の記述方法、必要な数学基礎知識などの指導を研修やOJTを通じて指導を行います。
技術報告書という技術に関連する業務をひとつのきっかけとして、
今回ご紹介したようなジョブ型業務内容の明文への取り組みを進めることが肝要です。
技術系社員は技術的内容に関連する業務の方がモチベーションが高まりやすいことが、
上記の狙いの背景にあります。
技術者育成が一般的な人材育成と異なる点について、
より詳細をお知りになりたい方は、
業務報告に関する一般的な人材育成と技術者育成の違いのサイトをご覧ください。
まとめ
技術者は COVID-19 の出現と拡大によって変わった社会において、生き残りを求められています。
この生き残りにおいては、一般的な職種を想定したマスメディアの情報や、海外のアプローチを追従するといった答えありきの方法はありません。
しかしながら答えのない現状だからこそ技術者という職種の強みを活かせるときでもあります。
迷ったときは今まで蓄積してきたことを最大限に活用しながらも、その表現や発揮の方法や方向を変える。
上記で述べたような日本固有の技術者醸成文化を改めて見直しながら、守るのではなく攻め続けるという姿勢が企業やマネジメントはもちろん、そこに所属する技術者に強く求められていると考えます。
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