技術評価を外部委託する際に重要な委託側の観点 Vol.145
公開日: 2021年8月16日 | 最終更新日: 2021年8月15日
Tags: OJTの注意点, メールマガジンバックナンバー, 技術者人材育成, 要素技術醸成
技術的な検証や判断に不可欠な技術評価。
この技術評価は、必ずしも自社内で完結することができず、
公的研究機関や評価受託企業に委託するケースもあります。
最もわかりやすいものは分析関係です。
元素分析であれば電子顕微鏡を用いるEDXやプラズマを用いたIPC、
化学構造式を知りたいのであれば核磁気共鳴を応用したNMRや分子構造固有の共鳴波長を調べるFT-IR、
更には高真空で気化させた後にイオン化させて開裂した際の質量と電荷から同定を行うMASS、
熱的な挙動を調べたいのであれば動的粘弾性を用いたDMAや比熱変化を調べるDSCがあります。
また、機械特性評価や検査もあります。
機械特性を調べたいのであれば汎用試験機を用いた荷重負荷試験、
一発破壊の静的特性だけでなく繰り返し疲労を行う場合の動的疲労試験、
形状を精度良く調べたいのであれば三次元形状測定を行うCMM、
非破壊検査で内部を調べたいのであれば超音波探傷やX線CT、シェアログラフィー等、
大変多くの技術評価が存在します。
これらの設備の多くは購入しようとすると大変高価なものも多く、
資金を潤沢に有する企業や分析を定常業務とする企業を除き、
なかなか導入することは難しいかと思います。
しかし、実際にどのようなことが起こっているのか、
どのようなものが含まれているのか、
どのような特性が発現するのかということを確認するには、
やはり技術評価が必要です。
そして技術評価が必要なものの、
自社では対応できないという場合、
冒頭で述べたような
「技術評価の外部委託」
が選択肢として浮上します。
委託する技術者に多い誤解
これは実際に痛感することが多いことですが、
「委託する側は受託側に丸投げする」
という技術者の増加です。
お金を払ってやってもらうのだから、
色々考えて技術評価をするのも受託側の仕事である。
このような商文化で培われてきた顧客第一目線がその背景にあるのかもしれません。
当然ながら対価をもらって評価する以上、
受託側に属する技術者も常日頃から鍛錬をし、
委託側の要望と意図を理解する姿勢が重要なのは言うまでもありません。
ただし、技術評価を依頼する委託側が丸腰でいいのかというと決してそういうわけではありません。
何故か。
理由は単純です。
「技術的な知見のある受託側の技術者であっても委託側の意図をきちんと理解するのは至難の業だから」
です。
技術者以前に、人として相手の頭の中を読み解くのは言うほど簡単ではありません。
複数回にわたる打ち合わせを通じた議論の中で、
委託者側の意図を少しずつ理解することはもちろん可能です。
しかし、複数回の打ち合わせを行うということは、
「受託側の技術者の時間を費やす」
という、相手の時間を奪うということに該当することになります。
ここは礼儀として委託側もきちんとした準備が必要です。
では、何を準備すればいいのでしょうか。
委託者が準備すべきは何をしてもらいたいのかを明快に既述した依頼書
結論から言うと
「技術評価依頼書」
が委託者の準備すべき書類です。
書くことはそれほど複雑ではありませんが、
必ず網羅してほしい項目として以下のようなものがあります。
・技術評価の目的
結局のところ何をやりたいのかということを冒頭に述べる必要があります。
・取得したいアウトプット
技術評価の結果、何を得たいのかについて明文化します。
この時のポイントはできるだけ具体的かつ詳細に書くことです。
一言でいえば分析結果となるところですが、
FT-IRを一例とすれば、以下のようになります。
—————–
以下の内容を含む報告書並びにデータの提出を希望。報告書はデジタルデータでの提出もお願いしたい。
A. FT-IRチャートの紙媒体とデジタルデータ(Excelデータ:波長と吸光度が明記されているもの)
→計測領域全体のデータに加え、700~900cm-1、1400~1800cm-1付近の拡大チャートを別途希望する。
→ピークとして検出されたものについてはピーク番号をチャート内に明記の上、波長を一覧表としてピーク番号と関連付けて一覧表とする。
B. 計測条件に関する概要(ATR法等の計測法、計測波長領域)
→吸光度でのアウトプットを希望。また、粉体であるため、ATR法での測定を希望する。
C. 計測時の画像(サンプル準備の様子を示した写真、計測サンプルをセットした写真)
D. 使用した測定機の名称や仕様概要
E. 測定日時、測定担当者名
上記以外に、測定後のサンプルを返却いただきたい。
—————–
もちろんまだまだ書くことはあるかもしれませんが、
上記のように書くと読んだ側は何を求められているのかわかると思います。
やったことが無いのでここまで書けない、
という技術者もいるかもしれません。
しかし、わかる限りのことを書き、わからないことを質問事項として明記しておけば、
受託側からみて、委託者はどこまでがわかっていて、どこからがわからないのか、
そして何をそもそも知りたいのかが明確化されてきます。
ここまで来て初めて打ち合わせなのです。
打ち合わせでは委託者がわからないこと受託者と議論しながら明確化し、
依頼書内のアウトプットを明確化していきます。
・試料取り扱いや資料前処理に関する要望
そのまま評価するのではなく、例えば事前に加工処理が必要などがあれば、
それを記載しておきます。
・希望納期
いつまでに評価を終わらせたいかを明文化します。
・報告書送付先と担当者連絡先
どこに報告書を送付すればいいのか、また資料の返却をすればいいのかを書いておきます。
また、評価中何かあった時に誰に連絡すればいいのかを明確化しておくと親切です。
・質問事項
もし、技術評価に関して質問があればこの辺りを書いておくといいかと思います。
これらをあらかじめ準備すれば、
受託者側から見て委託者が何を考えており、
何を望んでいるのかがよくわかると思います。
逆にいうとこの辺りが明確化されるまでは技術評価は開始せず、
不明点や誤解が無くなるまで議論することが求められるのです。
技術評価依頼書の作成スキルは技術報告書作成スキルと共通
上記の内容を読むと、
「このような依頼書を書ける技術者はなかなかいない」
となるかもしれません。
そのため、まずは
「依頼書の基本構造を理解させる」
というのがマネジメントの行う教育です。
中身については、技術的にわからないことを調べることはもちろんですが、
何より技術者に求められる最重要スキルの
「論理的思考力」
が強く求められます。
自らを俯瞰的に見ながら、求める技術評価結果を得るにはどのように伝えればいいのか。
これは、読者にわかるように技術的な事実を伝えるにはどうしたらいいのか、
という技術報告書作成スキルとほぼ同じなのです。
技術報告書の作成スキルについては過去に何度も取り上げていますので、
以下のようなコラムもご参照ください。
※ 技術報告書の書き方の鍛錬の第一歩
https://engineer-development.jp/column-2/engineering-report-startup-skill
※ ビジネス文書 と技術報告書の共通点と違い
https://engineer-development.jp/column-2/difference-business-engineering-report
技術評価依頼書をかけるようになるにはまずは数をこなすこと+焦らないこと
どのようにすれば技術評価依頼書をかけるようになるか。
このような質問を受けることがあります。
答えは簡単です。
「とにかく量をこなす」
です。
技術者の文章作成力は頭でどれだけ考えても上達しません。
本や参考書を読んだだけでも改善しません。
考えたこと、得られた知識を、
「実際に用いて依頼書というアウトプットを作成するという実践経験を通じて初めて習得できる」
というのが技術者の論理的思考力改善の鉄則だからです。
そのため、マネジメントとしては上記で述べた基本構造を伝えた後は、
とりあえず何度でも書かせることです。
そして、内容に抜け漏れが無いか、
委託側として精一杯のレベルまで書類が作成できているか、
ということを確認して、修正させます。
この繰り返しという業務に複雑な理屈は必要ありません。
まずマネジメントもやってみることです。
マネジメントとして最も避けたいのは、
「このような依頼書を書く時間がもったいないので、まずは評価を進めさせる」
ということです。
技術者達はマネジメントも含め時間的に余裕のある方は少ないでしょう。
しかし、例えば折角行った評価が意図したものと違う、
得たかった結果が得られなかったとなってしまうと、
そもそもやり直しということになりかねません。
技術評価は委託する際も
「準備が最重要」
です。
ここは焦らず、むしろ委託業務をやり直すということを回避するため、
徹底して技術評価依頼書を作り上げる、という姿勢が重要です。
これにより、社内でも技術者が何を外部に委託しようとしているのか、
ということがわかるようになるのではないでしょうか。
技術評価依頼書の作成過程において、社内の技術的な議論が生まれるのであれば、
それは大変有意義なことであり、技術者のスキル底上げにもつなげられます。
いかがでしたでしょうか。
委託する際もやはり重要なのは依頼書という準備です。
技術評価委託のやり直しによる無駄をできる限り回避するためにも、
依頼書を書けるようマネジメントも技術者達を誘導することが求められます。
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